七転び八起き

信頼ベースと『学び合い』の考え方をもとにしたクラス運営をしています。

信頼ベースの学級づくり35〜失敗①「させた」感ってどこから生まれるの〜

上手くいかなかったこと

運動会でビーイングをつくりました。

が、個人的に形だけになってしまったのかなぁと思ってます。

「作らされた」感があるなと。


この感覚があるのはなぜだろう。
ビーイングを作る過程で、気になるポイントを振り返りジャーナルに書いてみた。


①話し合いを「させた」から❔
けど、チームごとの話し合いを見ていても、和やかな雰囲気で、
1人ひとりの意見を尊重していた様子も見受けられた。
自発的に目標を決めようみたいな発言がでる感じではなかったかね、
僕が「させる」って言葉に敏感すぎるのかな。
教師が授業のフレームワークを決める限りは、「させること」になっちゃうしね。

②細かいプロセスを「踏ませ」すぎたから❔
まず、小さな画用紙に、チームごとの目標と個人の目標を書かせた。
これ、面倒だったかな。個々で考えさせて、すぐビーイング作りにうつればよかったかな。


③時間をあけてしまったから❔
2時間目。 ビーイングの形を書いてたが、 他にもしないといけないことがあり、途中で打ち切り。個々の目標は 休み時間や給食を食べた後に書いてね、みたいな感じにしてしまった。
ムードを大事にして、一気にかきあげていくべきだったかな。


④書かせるタイミングが悪かったから
運動会の前日準備で、下校時刻が10分オーバー。
連絡帳も書けてなくて、子どもたちは早く帰らせてよーみたいな雰囲気に。

加えて、少し感情を揺さぶられるようなこともあって。

私 「ビーイングかけてない人は、かいてから帰ってね」
子ども「めんど!」

この子ども1人の「めんど」が、子どもたち全員の声に聞こえてしまって。
カチンってきちゃって。

だから、その子に対して何かを言うわけじゃなかったんだけど、
ビーイング=めんどいもの、になってしまった感じがして悔しかったんだな。

「僕が挙げた4つのポイント」では、きっと③④が主な原因になるんじゃないかなって思ってます。

③では、
その場のムードってとても大事で、みんなで作ってる雰囲気の中で、
一気に完成させるべきだったのかなと。途中で切り上げて、隙間時間にやっといてのような、
やっつけ仕事感を出してしまったことがとても残念。

④では、
忙しくなる見通しがあったのに、余裕をもった計画が立てれていなかったこと。
連絡帳は登校したらすぐに書かせていたんだけど、下校時刻10分も過ぎてたらダメだな。
そら、はよ帰りたいってなるのは当然。「ビーイングを書いて帰ってね」のくだりも、僕からしたらすぐ終わるやんみたいな感覚やったんやけど。


今回の違和感って、①で話し合いを「させた」からじゃなくて、
この③④の流れが、子どもたちにとってビーイングを「やらされるもの」にしてしまったんじゃないか、「させた」感をつくったんじゃないか、って思うんですよね。

書いていない子もいたしなぁ。あー、もったいないことした。

他にもビーイングの価値、作る意義が伝えきれてなかったとか、
いろいろ原因はあると思うけど。

今回は③と④かな。

うーん、、ざんねん。
どう取り返そうか。

うむむ。