kanasenの『七転び八起き』

大阪の小学校教員かなせんです。「幸せに生きる」その力を育む場づくりを探求します。ともに歩み・ともに学び・ともに創る。モットーは「やりたいこと」に正直に

『学び合い』の語りを探る

『学び合い』実践者の中には「全員達成まであとちょっとやったなぁ〜。明日は期待している。君たちなら大丈夫や!がんばろな!」という精神論的な語り「だけ」をくりかえして、集団が育たないパターンに陥る方がいる。教師がポジティブであればあるほど、その自体に陥りやすいのではないだろうか。かくいう私もそんな時期があった。

 

例えば、授業を見学してくれた管理職や同僚から「もうちょっとで、その教材の核心に迫る授業ができたと思う。でも君なら大丈夫。その気持ちさえあれば、きっと明日からも良い授業ができるよ。がんばってな」と言われるようなもの。

 

「え?で、どうしたら核心にせまれるの?」って言いたくなる。

 

とある運動会の練習風景。

「なんかなぁ、君達の気持ちが足りひんと思うねん。そんなんで周りの人、感動すると思うか?明日からもっと良くしていこうな。挨拶したらちゃんと水分はとりや!熱中症なるからな。では終わりましょう」

 

アドバイス、水分補給だけやん!って突っ込みたくなる。

 

この2つは極端な例だが…。

 

では、ポジティブなだけの語りを抜け出すために必要なことは何か。

 

それは以下の3つである。


①適切なアセスメント

②その場に応じたフィードバック

③リフレクション

 

教師の働きかけで子どもたちのメタ認知を機能させられるか。ここが抜け落ちてると、簡単に精神論的語りになるのではないだろうか。


この状態を「語りが弱い」や「語りが足りない」と表現する方もいるのでしょう。

 

語りって教師のあり方次第だ!ってよく言うのだけど、そのあり方が「どんなときも前向きに!」だけだと、結局説得力のないポジティブメッセージになるんじゃないかなと思うようになってきた。まぁ、私もまだまだなのですが。

 

今後も探っていきます。