ぼくがぼくであること

大阪の小学校教員。「幸せに生きる」その力を育む場づくりを探求します。ともに歩み・ともに学び・ともに創る。モットーは「やりたいこと」に正直に

自分の感受性くらい

ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて
気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか
苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし
初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志しにすぎなかった
駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄
自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ

 

茨木のり子
詩集「自分の感受性ぐらい」

実践を続ける覚悟

 

「けテぶれ」宿題革命!

「けテぶれ」宿題革命!

 

けテぶれ学習法の本が届いた。ブログより詳しく書かれているので、実践の内容はとても分かりやすい。でも、ボクには難しいかも…。このサイクルを学級に取り入れ、子どもたちへ浸透させていく力…なんというか、そのための覚悟がボクにはないなぁと。あと上手く説明できない気もする。という意味での難しいである。つまり問題はボクにある。(どの実践にも続ける覚悟は必要だから。「けテぶれが」というわけではない) 葛原さんにはけテぶれを続ける覚悟と信念があったからこそ成功できたのだろう。

 取り入れるにしても、教室で今チャレンジしていることにどう絡めていくか。自立した学び手(学習力を持った子)とはPDCAサイクルを回せる学習者のことを指すのか。もちろん、それが1つの大切な要素であることは分かっているけど、その言葉にまだモヤモヤ。なぜ、モヤモヤしているかは時間をかけて言葉にしていきたい。

手元を見つめること

手元の仕事をていねいにこなしていくこと。それが今の自分に必要なこと。それを丁寧に重ねていくことが信頼へとつながること。

 

ボクは巡り合わせを信じるタイプだ。出会う人や置かれた環境は今の自分に必要だから目の前に現れる。自分に起きることは必然で、それをどう受け止めるかで未来が変わっていく。えらくたいそうに書いているようか感じがするけど、本当にそう思う。

 

今、ボクが関わっている人たちや環境。そこで求められていることは手元のことを丁寧にこなしていくこと。これまで以上にそこを意識して前に進まなければならない。その手元のこととは、自分の家族への関わり方だったり、職場で任されている仕事だったり。細かく言えば、与えられた役割をきちんとこなすことだったり、期限を守ることだったりする。そんな当たり前を丁寧に重ねること。できてないから、それが大切だと感じるのだろう。本を出すぞ!と浮かれていた時期があったけど、そこに意識を向けている場合じゃない。他の方々にお任せしよう。

 

万事塞翁が馬。

道はある。でも先は見えない

今年は楽しいけど辛い。

 

単純に仕事がきつくて疲れているとか、人間関係とかが直接の原因ではなく。「変わる」とは新しい自分に出会える喜びと葛藤を伴うものなんだと、それが痛いのなんの。新しい自分に出会えたと思っていたら、染み付いているものが中々とれなくて困ってる。

 

前は言えていた言葉が出てこなかったり、あの時こだわっていたことがどうでもよくなっていたり、、本当は出したい気持ちに無理やり蓋したり。自分と向き合う日々。穴から中々抜け出せず、苦しい。足元の道は見えるけど、その先がどうなっているか分からない。

 

いつかこのトンネルの穴を抜け出しい。

天狗の鼻

去年は「明日は○○について語ろう。今のあの子たちに必要なことだから」と語りの準備をすることが多かった。今年は、なんでかなぁ。子どもたちの姿を見ると、事前に考えていた言葉がすーっと消えていくことが多い。もし、用意していた言葉を語ったならば、それは子どもたちの頭をすり抜けていくのだろうと。

 


 子どもたちはボクらが思っている以上に、彼らなりに折り合いをつけながら学校生活を送っている。昨日の反省を生かして、新しい自分を歩もうとしている。全てがそう上手くはいかないだろうけど、毎日は新しくて日々が変わっている。そんな当たり前のことに目を止めずに、今日はこんなことを、次はあんなことを…と、自分の投げるボールばかりを考えていた。待てずに介入する。今年は、その言葉が、説教じみたものであればあるほど、語る前にスッと消えていく。去年までの自分は相当頼っていたんだな、強く語ることに。今なら、もっともっと子どもたちの声を聞けたのに、彼らが選んだ選択を尊重できたのにと、少しばかり天狗になっていた時期の自分が残念に思えた。

説明文〜ダウト読み〜

説明文「動物の体と気候」 ダウト読み


年間指導計画ではとっくに終わっていないといけない単元なのだけど笑 読書家の時間と作家の時間にチャレンジしたことによって、単元計画がうまくまわっていない。まぁ、なんとかなる。いやなんとかする。調整調整。

 

子どもたちには教科書読み物も、みんなで力を合わせて読んでいこうと伝え、説明文の読み取りがスタート。まずは題名から筆者の伝えたいことを予想し、範読で考え聞かせ。


「あたたかい地方と寒い地方の動物では何がちがうの?」

「寒い所に住む動物はみんな体丸っこいのかな?」

 


子どもたちの予想と本の内容はだいたい合致している。でも、あまり内容は入ってなさそう。そりゃ一回読んだだけでは分からない。そこで、第二時よりダウト読みで内容の基本理解をはかることにした。ダウトのモデルは示していたので、ペアで丸読みを行ったあと、ダウトにするポイント(動物や気候の特ちょうなどの言葉や数字、接続詞)を伝え、班ごとでダウト読みにチャレンジ。難しいなと思うところも、子どもたちは案外覚えていて正直驚いた。結構、内容が頭に入ってるじゃないって。印象的だったのは、普段なかなか授業に参加しない子がダウト読みをノリノリでやっていたこと。読み方が「おじいちゃん読み」(彼のネーミング)で、班のメンバーは「全部ダウトに聞こえる。ちゃんと読んでー」と突っ込みが連発。それでも彼は彼なりの「参加」をしているのだと様子を見る。読み手から聞き手に変わるタイミングでアセスメントと勇気づけをかねて、彼の班のダウト読みに参加。ぼくが気がつなかったダウトにすぐ反応し、正しい文章内容を当てていた。なかなかやる。他の班も様子を見ながら、「先生も参加するわ~!」と班の状況をアセスメント。経験を重ねるごとに「ダウト!」「あれ?まちがえてなかった笑」と子どもたちはダウトゲームに夢中になっていった。次はなりきりインタビュー。序論本論結論の構成はさらっと教えて、説明文は終了。

 

さて、echoで目をつぶりたいこととも向き合おう。自分の負の部分。この振り返りが大切。

初めてのブックトーク!

5月28日


総合で読書家の時間。今日のミニレッスンは僕からのブックトーク。インザミドルに書かれていたブックトークの実践を参考に行った。シンプルに僕が好きな本を紹介する。(子どもたちは興味を持ってくれるかな。手にとってくれるかな・・・)とドキドキしながら、全部で4冊の本を紹介した。

 

マチルダは小さな大天才 (ロアルド・ダールコレクション 16)

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  • 作者: ロアルドダール,クェンティンブレイク,Roald Dahl,Quentin Blake,宮下嶺夫
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ノエル先生としあわせのクーポン

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ワンダー Wonder

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二分間の冒険 (偕成社文庫)

二分間の冒険 (偕成社文庫)

 


 ノエル先生とマチルダ以外のブックトークは支離滅裂笑 あらすじやその本の魅力を自分なりに話したが上手く伝えられなかった。ただ「面白かった!読んでほしい!」という思いは伝わったようで、ブックトーク終了後、子どもたちは僕が紹介した本にすぐ手をのばしてくれた。マチルダもノエル先生も取り合いになってしまい、一時騒然。子どもたち同士で予約をしあったり、あまりに読みたすぎて3人で1冊の本を囲んでいる姿も見られた。この子たちの素敵なところは、まずは読んでみる!というマインドを持っていること。ぼくの本の紹介は精度を上げる必要があるけれど、自分が本当に読んでほしいと思う1冊を紹介することが内容を上手く語れるよりも大切なことだと感じた。1学期に全員がお気に入りの1冊をもって、ブックトークをすることが目標。少しずつ宿題の読書も習慣づいてきて、読書家の時間と家庭の読書が連動するようになってきている。

 

チャレンジするたびに思う。読書家の時間で大切なことって実践者自身がどれだけ本を読んでいるかということ。これは岩瀬さんにも言われたけど、読まないとお勧めできないんだよね笑 

長期休暇、図書館にこもろう。あの日以来、読んだ児童書は50冊。1000冊まであと…あー、果てしない笑

まずは小さなチャレンジから

コツコツと長い道のりを…。


担任を続けられる限りは実践を続けて、1年ごとに報告できる機会をつくりたいと思う。今のぼくは家庭と仕事のバランスがとても大切だから、持てる時間を全て実践の研究に充てることはできない。だからこそ、持てるリソースで小さくはじめて、経験ともに大きくしていきたい。

 

そんな自分がお伝えできること。それは限られたリソースの中、最小限の準備で、小さくはじめる作家の時間と読書家の時間の提案。徐々に本で提案されている内容に近づけていく。数年かけて1冊の実践書を渡っていくイメージ。身近に実践している仲間がいるとよいのだが…まずは1人でも始めてみようと思う。ブログやechoに実践の足跡を残していこう。

 


次の小さいチャレンジは、ぼく自身がブックトークをすること。読み聞かせと合わせて、数冊の本を紹介する。読書家では徐々に一冊を読み切った子たちが増えてきた。ぼくのブックトークをモデルにしながら、徐々に子どもたちへと譲渡していきたい。小さくはじめざるを得ない状況って悪くないと思えてきた。

 

息子とはじめてのキャッチボールをしています。野球やりたいんだって。最初はボールを投げたり、追いかけたりすることから。子どもは小さいことから始める天才だ。

作家の時間〜題材集めとのはらうた〜

作家の時間。

 


今日のミニレッスンでは題材集めの方法「マッピング」を紹介。自然をテーマに、連想ゲームのように言葉を広げていく。海、山、川、森、雷、地震、波、星…など。その中で波を選択し、さらにマッピング。さざ波→ゆれる→ザザーン→運ぶ→風→ビューん、といった感じでオノマトペにつなぐ。

 


次に、詩集のはらうたより、からすえいぞうの「ひかるもの」を紹介。なりきり作文で「〜された」のような受動的な結びが多かったため、詩の中に複数の登場人物を紹介させて会話を楽しんだり、恋やあこがれ、誇らしさ、恥じらいなどのいろんな感情を込めた詩の作成にチャレンジしてほしいという思いがあった。

 「ひかるもの」では、からすが水たまりを「おまえひかってるぜ」とほめると、水たまりが「うふふ」と返す会話がある。からすというと迷惑なイメージがあるけれど、夕やけをながめながら言葉を交わす2人の姿は実に愛らしい。「なんとかもちかえれないものか」のからすの最後の一言がみずたまりへの愛着を感じさせる。からす目線でも描く世界で印象はガラリと変わる。他にも詩をいくつか紹介し、その後ひたすら書く時間をスタートさせた。カンファランスも大忙し。子どもたちは少しずつ修正の価値を感じ始めている。共有の時間がとれなかったから、それは次回に持ち越し。

作家の時間を小さく始める

2年ぶりの作家の時間。

いきなり自由なテーマで書くのではなく、「なりきり自由詩」(擬人法を使った詩)にジャンルをしぼってスタート。悩む子もいたけど、多くの子どもたちの鉛筆はとまらない。きっと、書きやすさもあったのだろう。たった、1時間でぐるぐる回る作家のサイクル。あちこちで「読んで読んで!」と作品を見せ合う声が聞こえて嬉しかったなぁ。

 


今後について…

詩と一口にいっても、いろんなタイプがある。(ことを知った。これまでが無知過ぎた) まずは、ボク自身が勉強して、書き手として作品をつくってみよう。詩×題材でいろんな表現ができるんだ。詩の可能性を感じるとともに、好きなように書くってステキかもと、作家の時間に期待を寄せられた1日になった。


明日のミニレッスンは詩の紹介(オノマトペだらけの詩)と修正について。来週は教科書の連想メモからオノマトペへとつなげていく練習を少ししよう。