kana-senの七転び八起き

大阪の小学校教員かなせんです。『学び合い』の考え方で授業やクラス運営を行っています。発信内容は小学校教育や教師のスキルアップ、育児などから学んだこと。よろしくお願いします。

文字を読めるようになると文字ばかり見てしまう。


「お父さん育児休暇っていつまででしたっけ?」

「えーと来週の金曜日から復帰ですよ。」


「あ、そうなんですねえ。お父さん.絵本のに興味あったじゃないですか。それで伝えたいことがあってね。」


「だんだんと息子さんは文字に興味を持つようになると思うんですよ。でね、その様子を見ると親っていうのは、「あーこんなに読めるようになったんだねすごいねっ」ってなるものなんです。じゃあ、もっと読めるようになるために、文字の読む練習しよっかってなっちゃったりして。でもね、次第に子供が文字を読めるようになると何が起きるかって、絵本を読んでもね子供たちは文字ばっかり見てしまうようになるんですよ。絵いろんなことを想像して考えたりしてほしいのに、文字ばかりを見てしまう。これとてももったいないことなんですよね。私たち園では読み書きの練習を一切しないと言う事を決めています。それは小学校で習うことだから。この園の子たちでも早くから文字を読めるようになって、絵を見なくなってしまった子って結構いるんですよね。悪いことじゃないんだけど、私はもったいないなって思うんです。焦らずに、それだけを伝えたくて」


 早くから文字を読めるようになってしまうと絵を見なくなってしまう。まさかそんなことがあるなんて。


小学校では文字を読むのが苦手で読解の問題に困ったり、音読が苦手だったりと、読めないことが課題で苦労する子たちがいるのに。それとこれとは別か。


教育と言うのはほんとに奥が深い。まだまだ知らないことばかりだ。


息子の子供への送り迎えをするたびに新しい発見があり、今自分が働いている公教育における教育とそれ以外の教育、幼児期の教育とそれ以降の教育、ちがいや背景をもっともっと学びたいなぁと思った次第です。


ゆびさしな〜に? (はなしかけえほん)

ゆびさしな〜に? (はなしかけえほん)


息子のお気に入りの本らしいです。ちなみに、先生いわく、大人はあまり面白いとは思えないそう。子どもの見てる世界は大人の目では捉えないられないのかなぁ。

権力による支配は気づかぬうちに

ダークペタコジー

暴力・服従・うそ・賞罰・欲求充足の禁止・条件付き愛情・操作・監視・屈辱などを用いたしつけ、教育。「理不尽と思える「罰」、世界戦に出たいという「欲求」充足の禁止は、彼の心に恐慌を引き起こしたに違いない」*1

 

 

日大選手の記事がFacebookに載っていました。

 

ダークペタコジーという言葉、初めて知りました。

 

私たちだって決して他人事ではありません。

 

今、運動会が春に行われる学校は練習の真っ只中です。

今回の日大の件と内容は異なりますが、我々教育者は運動会の練習でこのダークペタコジーを知らず知らずのうちに行使してしまっているときがあるのではないでしょうか。

 

「やる気が感じられない。立って練習見とけ」

 

「やる気がないなら出ていけ」

 

残念なことに、私はこの見せしめのようなしかり方を、運動会の練習に限らず授業中でも聞いたことがあります。

 

そして、子ども達から「やらせてください。先生」と言わせる。

 

この一連の行為にダークペタコジーを行使しているという自覚はないのかもしれません。でも、例にあげた指導は暴力的であり、操作的であり、決してスマートな指導ではないことは冷静に考えればわかること。

 

私もそのような言葉がでかかったときや、「じゃまするなら廊下に出とき!」と実際に言ったことがあります。教師1年目のときでした。(1年目だから許されるわけではありません)

 

様々な文脈の中で、感情が影響し言葉は生まれるものです。今回の一見から、私たちは教育者としての在り方を振り返らずにはいられないはずです。

 

 

自戒をこめて。

 

*1:47NEWS「日大選手に心からエールを ダークペタコジーの脱出」より

『学び合い』のHPを作りました!

 

manabiai-osakadaiti.jimdofree.com

 

『学び合い』のHPを作りました。

サイト名は「みんなでつくる!『学び合い』」です。

 

目的は、『学び合い』の肝となる課題をはじめとした授業コンテンツの共有と蓄積。それに伴い、より高度な授業設計が可能になればと考えています。簡単に言うと、『学び合い』のアイデアボックスを作りたいと言ったらいいのでしょうか・・・(いい言葉が見つからない)

 

少しでも全国の実践者のお役に立てればと思い作成した次第です。

 

とはいえ、コンテンツはまだまだ未熟・・・

 

「試行錯誤」を合言葉に、進化し続けます!

 

 

時代は変わった

 いまある仕事の多くはなくなり、子ども達は「いまは存在しない仕事」に就くことになると言われています。アメリカの学者さんが言ってたんだ。もう名前忘れちゃったけど・・・。落合さんも、堀江さんも口にしていた。10年後の仕事図鑑という本がでるぐらいですからね。よく聞く話です。

 

では、今後の教育に求められる力とは何か。上記の話から言えば、いまは存在しない仕事を生み出せる能力を育む必要がでてくるわけです。実際にニッチな分野を狙った新規事業も増えております。おー、そこに目を向けるのかぁと。グローバル規模なものもあれば、ローカルな規模で成功を収めている事例もあります。10年後は分かりません。こんなこと私にはできない苦笑

 

仕事を生み出せるなんてほんと優秀。新規事業を生み出し、産業界に大きなうねりを生み出せる人なんてほんと一握り。さらに、そのような方々は学校教育なんかあてにしていない。自分で学んでいっちゃいますから。

 

では、上記に属さない圧倒的大多数の人はどうすればよいか。

 

それは、自分にとっての幸せの条件とは何か考えること。教師も同じく。高学歴が万人にとって本当に幸せなのか。全員が同じレールを歩めるはずがないのです。

 

1日8時間×1年(正確には1年もないけれど)

 

10年後、20年後を見据えて、私たちは子ども達に何を語れるでしょう。現在から未来ではなく、未来から現在を見る。

 

つながりさえあれば、人生の苦難は乗り越えられるなんて簡単に言いません。けれど、つながりがなければ乗り越えられないことはたくさんあるのです。

 

 

 

 さて、今日はこの本を再読しました。

親なら知っておきたい 学歴の経済学

親なら知っておきたい 学歴の経済学

 

 

読後、本の内容を妻と共有。

「中途半端に大学進学は勧めたくないね。どう生きていくか。何を学びたいのか。そんなことをたくさん話していきたいね。この本に書かれていることは決しておおげさじゃないと思うよ。」

 

とりあえず、有名私立大学に入れば就職できる!数年前まではこの価値観で私も生きてきました。でも、時代はもう変わってしまったのです。

 

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『学び合い』~私のルーツ~

私が子どもたちに最も身に付けさせたい力は「他者を頼る力」です。

                    

 

これ、私が某自治体に提出したエントリーシートの最初の文章です。

 

 

 

遡ること、5年前。

私はNPO法人育て上げネットという就労支援団体で務めていました。

www.sodateage.net

先日、職場でお世話になった所長と電話で話す機会があり、当時のことを思い出していました。それはそれは、もう、日々驚きの連続。自分の描く「生活」とはかけ離れたケースがたくさんあり、学ぶことはたくさん。貴重な時間でしたが、職場での時間は決して楽なものではありませんでした。

 

多くの就労支援業界では、まず初めにインテークという面談を行い、これまでの経緯をお聞きしながら、今後の方針を立てていきます。採用されて半年が経過したころ、私も面談を担当する機会が増えてきました。

 

ある日、再就労を目指して男性が来所されました。

その方は有名私立大学卒。

 

大学を卒業しても就職できない。

アルバイトが長続きせず、すぐ辞めてしまう。

 

アルバイトを辞めた経緯をお伺いすると、次のような答えが返ってきました。

「分からないことがあっても、タイミングをつかめず聞けなかった」

「ミスをしても、それを報告できず、余計怒られてしまった。だから嫌になった」

 

その時の私はほんと未熟で、

(えっ!?○○大卒やんね?そんな訓練してきたでしょ?)

と心の中で思ってしまったのです。

 

続けて質問してみました。

「大学生のときはどんな風に過ごしていたの?」

 

「サークルも入って、楽しく過ごしていました。ゼミでも○○研究室に入って、卒論書いて・・・」とよく聞く大学生の日常。

 

「でも・・・授業のグループワークとかは、仲の良い子でも自分の失敗とかを知られるのが嫌だったし、あまり関わりの無い子には質問することも避けていました。分からないまま過ごすことも多かったんです。こいつこんなことも分からないって思われるの嫌じゃないですか」

 

と、こんな会話は決して珍しいものではありませんでした。

 

利用者によって背景は様々ではあるものの、多くの方々に共通していことが、「分からないことを聞けない」「分からないことが知られたら馬鹿にされる」「どのように質問すればいいか分からない」という経験や考えを持っているということでした。

 

一人でも多くの人たちが、自立してお金を稼ぎ、生活していくためにできることは何か。就労支援業界のようなセーフティネットは確かに大切だが、それより前にもっとできることがあるんじゃないか。働きながらずっとモヤモヤしていました。

 

そして、その答えが見つかったのです。

小学校の段階から、そのような力がつく教育をすればいいんだ!と。

 

これが私の『学び合い』のルーツです。就労からこぼれ落ちてしまった方々をたくさん目にしてきた。だから、この思いは簡単にはゆるぎません。

 

不平等なこの世界を生き抜くために必要な力は言い出したらきりがありません。

ですが、いざとなったときに「他者を頼る」ことができれば・・・

 

できないよりはマシです。

 

極端な例ですが、失業してしまい、生活保護の申請をしたいが利用方法が分からない。一人で聞きに行くには勇気がいる。そんなときに、家族や友達に「一緒に区役所行ってくれへん?」と言えること。バイトでレジ清算を打ち間違えた。上司に「すみません。打ち間違えてしまいました。どうすればいいですか?」と報告できること。ささいなことですけど、このようなやりとりができるようになってほしいのです。

 

職場に復帰する日が近づいていきました。

なぜ『学び合い』なのか、もう一度問い直しています。

じゃないと、語りが鈍ってしまいそうで怖いのです。

 

 

 

 

 

「自由にやっていい」って慣れてない人は超不安を感じるよね。

家の整理をしていると、イエナプランのワークショップに参加したときの資料がでてきました。テーマはブロックアワー。当時の僕は、学級の時間割を調整して、ブロックアワーを参考にした自立学習という活動を行っていました。(個々に計画を立て、各々がしたい学習をする時間)

 

自分で計画を立てて、今自分は何がしたいのか、必要なのか、すべきなのかを考えて学習を進める力って必要でしょ!!と強く思っていました。今も思っているけど。

 

で、このワークショップに参加した時に感じたんだよね。

「自由って、不安になるよ」って。

 

 

 

で、話を戻してそのワークショップの話。

ワークショップ後半にブロックアワーを体験する時間があり、工作 or 作文という2つのプロジェクトに分かれていました。

 

私は作文を選択。

 

ただ、その作文のテーマは、「散歩をして感じたことや考えたことをもとに自由作文をつくる」というものだったんです。

 

テーマを見たときの正直な感想は、「えっ!?自由?しかも散歩を通して!?」と超不安になったことを覚えています。

 

歩きながら何を書こうと必死に考えて、結局川にいた鳥に手紙を書いたのだけれど・・・

 

自由に書くってこんなに難しいことなのか。とか。

書けなかったらどうしよう?とか。

横でスラスラ書いている人の様子を見て焦ったりとか。

 

当時は作家の時間にもチャレンジしていたのですが、「自由に好きなこと書いていいよ」の言葉に戸惑った子たち多かっただろうな。一応、小説や詩、物語文、エッセイなど・・・いろんな選択肢は示していたけれど。

 

自由にやっていいって、難しいんだよなぁ。

と改めて思った次第でした。


じゃあ、そんな自分にどんな環境を与えたら書きやすくなっていたのか。


考えてみよ。

問題解決能力より問題発見能力を

息子の通う子ども園の園長先生とモンテッソーリ教育アドバイザーの方とお話する機会がありました。

 

「小学校になると途端に目の輝きを失ってしまうことって少なくないのですよ。なぜか分かります??」

 

「うちの子ども園って時間割がないでしょう?自分でどう過ごすか予定を決めていかないといけないのですよ。多少、一緒に活動する枠はありますけれど。でも、多くの幼稚園やその先の小学校では、時間割でやること決められていますよね?あれは制度からして、与えられたものをこなしなさいと言っているようなものだと思うんですよね。」

 

「遊びに浸って、自分の好きを発見する。例えば、砂場の山づくり。もっと高くするためにはどうしたらよいか?端から端に続く穴を掘るためにはどんな道具が必要?とか遊びながら問いが生まれるでしょう。先生から「お山をつくりましょう」ではダメなんです。それは問題解決なんですよ。好きから生まれる問いは問題発見なんです。どちらがこれからの時代に求められているかと言うと、明らかに後者ですよね。」

 

問題解決と問題発見。

教師による課題提示から始める学びか、子どもたちの問いから始める学びか。

 

僕が昨年多用してきた課題提示からの問題解決学習。(『学び合い』)

うすうす感じてたんだよな。教師が問いを提示しないことには学べない子たちを育ててしまっているなって。

 

『学び合い』から進化するためには、この問題発見のステージに行かないといけないんだろうなぁ。

【社会科教材研究】歴史教育とは『解釈』の訓練。

今こんな本を読んでいます。

 

昭和史 1926-1945 (平凡社ライブラリー)

昭和史 1926-1945 (平凡社ライブラリー)

 

 

 

世界史のなかの昭和史

世界史のなかの昭和史

 

 

日本は原子爆弾を落とされた世界唯一の国。

広島、長崎には多くの犠牲者が生まれました。

 

核の恐ろしさというのは反戦平和教育でも、

様々な資料を使って子どもたちに伝えています。

 

原子爆弾の印象というのは強烈で、その被害の大きさから、先生方が「だから、戦争は二度と繰り返してはいけないよね」という語りをするのも何度も目にしてきました。

 

だから・・というまとめに違和感が残っていました。

いやぁ、日本もいろいろ負の遺産を残しているよねと。とはいうものの、去年初めて6年生の担任をして授業をしてみると難しかった。歴史の授業ってどうしたらよいのか。特に明治から昭和にかけて。小学生が学習すべきことってどこまでなんだろうって。

 

話を戻します。

原子爆弾投下について、他のアジアの国々では次のような意見もあります。

 

 

原子爆弾は戦争を終結させた」

「日本は侵略戦争を辞め、降伏することができた」

「結果的に侵略戦争を終焉することができた」

 

学生時代、イギリスのボランティアに参加した時に韓国や中国の方々にも言われたことがあります。

 

そしてこんなことも。

原子爆弾はとても恐ろしいものだし、決して広島や長崎のような悲劇を繰り返してはいけないけれど、自分達が犯してきた過ちについて、ちゃんと理解しているのかな?核兵器落とされたきっかけって日本にもあるんだよ」

 

僕はまだまだ勉強不足で、この言葉についてはっきりとしたコメントがまだできない。

でも、もしかしたら日本の歴史教育は日本が犯してきた負の部分をオブラートに包み隠している側面もあるかもしれないなと。それが教師自身だとしたら不味いよなって思った。何度も言う。これが難しい。

 

「なんで戦争を始めてしまったの?」

「なんでやめることができなかったの?」

 

という問いはよく見るけれど。

 

1つの事象でも、見方によって解釈は違うもの。

その解釈の仕方を学び、自分はどう考えるのか。

その訓練を繰り返すことが大切なんだよ。

 

これまた学生時代のボランティアで、ドイツやイギリスの参加者に言われたこと。

ちなみにイギリスでは社会科ではなく歴史科という教科の枠があり、学習指導要領のような法的拘束力をもつものに、「解釈する力」という言葉が出てくるそうです。

 

歴史の授業・・・次やるとしたらどうしようかねぇ。

 

 

アーティストのように盗め!

 

クリエイティブの授業 STEAL LIKE AN ARTIST

クリエイティブの授業 STEAL LIKE AN ARTIST "君がつくるべきもの"をつくれるようになるために

 

 

 

図書館で見つけました!この本超クール!

ページを開くとこんな言葉が・・・

 

未熟な詩人はまねるが、熟練した詩人は盗む。無能な詩人は盗んだものを壊すが、有能な詩人はより優れたもの、少なくとも違うものへと変える。つまるところ、有能な詩人は盗んだものを盗む前とは全く異なる、独特な雰囲気に変えてしまうのだ。

T・S・エリオット(イギリスの詩人)

 

有名なアーティストだって、まずはコピーから始める。

オリジナルなんてない。

あるとしたら、コピーしたその後に生まれる。

まねぶって当たり前の学びなんだよな、ということを再確認できる本です!

 

第1章 アーティストのように盗め!より

自分の系図をたどる

君が心から敬愛する人、1人だけをじっくり嚙みしめよう。作家、アーティスト、活動家、偉人。誰でもいいから、徹底的に研究する。そうしたら、その人が敬愛する人を3人探して、その3人を徹底的に研究する。それをひたすら繰り返す。なるべく遠くまで系図をたどっていくわけだ。系図ができあがったら、そこに一本の枝を付け加える。君自身の枝を。

 

 

 育児休暇がきっかけでお会いすることができた坊主teacherさん。その方との出会いが算数の学び直しをするきっかけになったんだよね。その方の著書はもちろん、SNSで口にされていた算数実践家のお名前をこっそりチェック。そこから、尾崎正彦さんや田中博史さんなどの著書も手に取るようになり、算数にどっぷり浸る今日この頃です。ちなみに尾崎さんの本については、図書館にある分はほぼ読了!

 

 ある方が師と仰いでいる方や参考にしている文献まで派生させて学ぶと、その分野を深く理解することができる。よく専門書は三冊読めと言われますが、その通りで。共通項が多い上に、ときどき視点がちがうこともあったり。

 

 芋づる式的な学びは、すでに多くの方が実践していることでしょう。今ではamazonで本をリサーチするとすぐに関連本の情報が出たり、この本を買った人はこの本も!と紹介してくれます。便利すね。でも、レビューはあまりあてにしないようにしてます。結局だれが書いたか分からないので。

 

最後に!

故人や遠くにいる人を師にすることには、1つ大きなメリットがある。弟子になるのを断られずにすむってことだ。それに、好きなだけ学び取れる。レッスン・プランは作品の中に残されているんだ。

 

まさに!勝手に弟子になって盗んじゃぇ!

他人の影響を避けようとするんじゃなくて、積極的に受け入れてしまおう!

そしたら、学びは何倍、何十倍、何万倍にも広がるもんです。

 

そして、こういう本から、『学び合い』の語りに役立つヒントを見つけるのです。

たくさんありましたよ~。いろんなものから学んでやりましょう。

 

 

 

 

 

イヤイヤ期は長い方がよい!

イヤイヤ期は長い方がよい。

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イヤイヤ期真っ最中のお子さんをお持ちの親御さんが、この言葉を聞いたら「かんべんしてくれぇ~」と叫びたくなるでしょう。いや、面白がれる人もいるかもしれませんね。

 

 先日、息子が通う子ども園の園長先生がおっしゃっていました。

 

「イヤイヤ期が長ければ長いほど、大きくなったときに自分の嫌な事はちゃんと嫌と言える子になります。必要な時に「自分の意思」を示せるようになるんです。お父さんは試されてるんですよ」

 

かくいう私の息子も絶賛嫌々期であります。

 

「お着換えしよう」

「いやっ」

「ごはん食べよう」

「いやっ」

「ごはん食べない?」

「いやっ」

(結局嫌って言うてるだけちゃうん笑)

「いちごは?(息子の好物)」

「・・・・(満面の笑み)」

 

こんな感じです。

イヤイヤ期に突入したての頃はイライラしてしまいましたが、園長先生の話を聞いて、「なるほど。今試されているのかな。」と思えるようになったんですよね。

 

では、イヤイヤ期が長ければ、将来自分の意志を示せる大人になるのでしょうか?

 

答えは否。

園長先生の言葉にもあるように私たちは試されているんです。

ただ長ければいいってものではないんですね。

 

自分が「いやっ」と言ったとき、自分の意見は果たして受け入れてもらえるのか。自分の気持ちを代弁してくれるのか。はたまた親が譲らない時もあるのか。目を見て譲らない訳を説明してくれるのか。その時の親の態度や応じ方を子どもたちは見ているんです。

 

仮に「いやっ」という言葉に対し、親の望む方向に強制させたり、「いいかげんにしなさい!」と怒鳴ってみたり。自分の嫌という主張を受け止めてもらえない経験ばかりを積み重ねてしまうと…

 

どうなるのでしょう?

 

新米パパの僕にはまだ分かりません。

 

が、園長先生が言っていたことの逆の結果になるかもしれません。

嫌な時に嫌と言えない、やりたい時にやりたいと言えない大人になってしまうのかも。

 

「イヤかぁ〜、じゃあどうしよう?」「○○ちゃんは~したいのかな?」と対話を楽しむ余裕を持つ。イヤイヤ期は子どもが自分の意志を尊重するための訓練期間であるとわりきることが大切なんですね。

 

もちろんイヤイヤ期に限らず。

子どもの主張を受け止める大人の姿ってどうあるべきなのかな?と思いを巡らせるのも悪くないでしょう。

 

反抗期や思春期、いろんな時期を人は経験していきますから。