正論に隠れるものとなんとなく
集中力が切れがちなときは、子どもたちに原因があると考えるんじゃなくて、前後の文脈や今ここが与える影響を考えてみるといい。
「私語をするということは、友だちが集中できなくても構いませんって言ってるのと同じ。自分の都合だけだ」そんな真っ当な語りで事実が隠れませんように。それ以外の要因もあるんじゃなかろうかと考えてみること。守備範囲を広げよう。
「なんとなく、そう思う」
「なんとなく、いやだ!」
理由を聞かれたって答えられないときもある。
なんとなくを弾いていやしないかい?
理詰めばかりだとさ、生きづらいよ。
いいじゃない、なんとなくでも。