空飛ぶかめ

小学校での実践について、あれこれ記録します。

『愛』なんだ!

今ね。ある仮説があって。

 

Twitterで『学び合い』技術tweetを始めたのに、こんなこと言うと批判があるかもしれないけど。恐れずに言います。

 

『学び合い』はどんな課題でも、授業者に「愛」があれば子どもは学びに向かう。

 

これまで課題づくりに頭を悩ませてきましたが、あまりここに凝らなくていいんじゃないかと。この前「〇〇ページの〇〇問題を全員が解ける」と言う課題にいちゃもんつけたばかりなんですけどね。

 

metch96.hatenablog.com

 

 

え?はっ?となる方もいるでしょう。

 

この発言は危険だと思う。

でも『学び合い』を実践する上では欠かせない大事な要素だと思うのです。

 

もちろん課題づくりの技術と両輪です。

でも「愛」がなければ…と昨日本気で考えてしまったんです。

きっと朝起きて同じこと思っているから、本気なのでしょう。

 

この「愛」とは何なのでしょう。人によって答えが違うはずでしょう。

私の場合は・・・今回は答えないでおきます。

 

少なくとも言えることは「愛」次第で、語りにも課題にも影響を与えるということです。

 

PS どんな課題でも→何でもOKってわけではありませんよ。

ちょっとぶれているでしょ!

今日はあまりにも眠いので短めに。

 

『学び合い』では、できる限り簡潔に課題を伝え、「はいどうぞ」と任せるやり方がシンプルと言われています。シンプルと言われている・・・と言うよりは、結局「1人も見捨てない」「全員がわかるように力を合わせようぜ」というメッセージを具現化するためには、「はい、どうぞ」で任せた方がよいと思っています。もちろん、必要とあらば少し時間をもらって解説することもあります。

 

ですが・・・最近は説明が長くっています。「あ、これは丁寧に解説した方がいいよな」と。となると、「上手に教える」スキルがまだまだな私は、ここに10分を使ってしうこともよくあり、結局子どもたちが協同する時間を削ることになるわけです。自分の解説で「全員が分かるはずもないのに」と感じながら、子どもたちに必要な「時間」を削る。あぁ、矛盾。

 

できるだけできるだけ、自分の話を簡潔にして子どもたちに任せる。今の私はその簡潔にする力もままならいまま、だらだらと子どもたちの時間を削っていたようです。きっと、「ここは、私が説明しないと分かりにくいだろう・・・」と。でも本当はそうではないんだろうなと感じています。結局、自分が説明を多くしないといけない課題設定になっていることと、先ほど申し上げた「説明しないとわからない」といった思い込みを捨てない限りは修正は難しいだろうな。

 

さて、今日仕切り直せるか。今課題を調整し、子どもたちに「先生は甘かった」という話をするつもりです。

 

まとまったこと書けてないなぁ笑 

まっ、まだまだ力が足りないってことですね。

 

 

 

 

 

1人も見捨てないの影響力

『学び合い』の代名詞と言っても過言ではない「1人も見捨てない」という言葉。昨年は、この願いを強く持てていたからこそ『学び合い』を続けることができたと思う。

 

懇談会。ある保護者がこうおっしゃってくれました。「『学び合い』のおかげで人生が変わったと思います。救われました。放課後にでかけるようになったんです。『学び合い』で一緒に勉強した子が誘ってくれたと言っていました。ありがとうございました」と。

 

過去記事にも、「1人も見捨てない」から生まれた喜びと葛藤を記しています。

 

metch96.hatenablog.com

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「1人も見捨てない」

やはり、この言葉が持つ影響力は絶大である。

 

「君たちはまだ気づいているのに気づかないふりをしている。学び合うふりをしているだけだ。1人を見捨てるクラスは、2人、3人と見捨てても平気になってしまうクラスになるよ。」

 

この言葉を、ここだ!と思う場面で1回だけ言ったことがある。

確かに響く子には響くかもしれない。それだけ強力なメッセージである。

 

子どもの世界ではどうだろう。

「あ、俺自分のことばかり考えていたわ。見捨ててたなぁ」と自分の行動を反省する子もいるかもしれない。一方で「先生が言っているのは私のことか。私見捨てられているのかな・・・」と思う子もいるかもしれない。

 

「1人も見捨てない」の一言が、「あ、あいつのことだ」「〇〇さんのことや」とクラスの状態を浮き彫りにする。そのことに自覚的でありたい。

 

自分も大切に、みんなも大切に。

 

「1人も見捨てない」

 

奇麗な言葉だけど、決して道のりは平たんではない。

泥臭く、人間臭い道のりである。

 

この言葉の魅力を感じる一方、怖さも感じる。

でも、この言葉の重みを受け止めたときの子ども集団は、1ステップ、2ステップ、いやそれ以上の成長を見せることも知っている。

 

私の勤務校では特に大切な言葉のように感じる。

 

それでも迷う。1人も見捨てないことに迷うのではなく、どう伝えていくのか。

 

言葉には表と裏がある。

そのことを自覚して今日も子どもたちの前に立ちたい。

『学び合い』を精神論で終わらせないためにできること。かなせんからの提案!

 

昨日書いた記事です。

 

metch96.hatenablog.com

 

『学び合い』がうまくいかないときに、よくされたアドバイス「それは教師の願いや覚悟が弱いからである」と。それだけでアドバイスが終わってしまうのはあまりに不足で、もう一言必要でしょうと。Facebookにも多数コメントを頂きました。まだ、それらの内容をじっくりと咀嚼することはできておりません。ですから、他者の意見を取り入れる前に私の考えを記しておきます。

 

もし私が聞かれたとしたら、こうアドバイスします。

 

「一度、ご自身の『学び合い』に対する考え方や取り組み方を客観的に見てみることをおすすめします。そのために、一度『学び合い』の実践者や関心のある方が集まる会に参加してたくさんお話してみましょう。一緒にいってみますか?」と。

 

そこで、お互いの心を見つめう。

心は言葉や行動でしか示せませんから。きっと違いや差に気づくはずです。

 

「あ、自分はここまでのこと考えられていなかったなぁ」とか。

「あ、こんな風に考えてもいいんだ」とか。

 

考え方と技術はどちらが入り口でも構いませんが、考えのない技術はただのテクニックであり、技術なき考えはただの理想論となってしまうことを忘れたくはありません。

 

大切なのは、自分の考えをメタ認知すること。

 

そのためにできることは、とてもシンプルで、他者の考えと自分の考えを並べて比較し、その違いに気づいたり、その差は何なのかを考えたり、必要があればその差を埋める努力をする。その努力は結果として、テクニック系の本を読むことにつながるかもしれませんし、教育関係以外の世界に足を運ぶことになるかもしれません。

  

昨日お会いしたせいめいさんのtweet。そう、何度も何度も反芻する営みこそが自分の考えを進化させていく。価値観を変えていける唯一の方法だと考えます。
 

 

どんな人も行動に移すときは、その人の考え方が大きく影響しています。無意識のレベルだったとしても、瞬時に自分の価値観に基づき判断をくだしているものです。他者の考えに触れ「観」を磨くことによって、技術の選択肢や技術の出力のされ方も変わってくるはずです。

 

 

最後に『学び合い』で失敗してから再開するまでにしたこと(『学び合い』の会に参加する以外のこと)を紹介して終わりますね。

  1. 『学び合い』の関連書籍を10冊読み、自分の考えを徹底的に分析しました。「考え方」に向き合いたいのであれば、この1冊がおすすめです。

     

     

    不思議なことに『学び合い』がうまくいかなかったときは頭に全く内容が入ってきませんでした。今となっては「うん、うん」と頷けます。
  2. 協同学習やファシリテーションなど、子どもたちに任せるという教育観のある本を読み、『学び合い』の考え方と比較しました。最近ではこの本が大好き。子どもたちに「任せる」ということ、教師が「待つ」ということについて考えを深めることができるのでは。授業づくりのヒントも満載です。僕は陰陽論、山伏修行の話、東洋と西洋の教育観の違いが心に残っています。

     

    深い学びを促進する ファシリテーションを学校に!

    深い学びを促進する ファシリテーションを学校に!

     

     

  3. 菊池省三さんの本を読みました。特に「叱る」シリーズ。自分ならどうするか、『学び合い』の考え方ではどのような関わり方ができるだろうかと各ケースのシュミレーションを徹底的に行いました。その他の「~なときはこうするシリーズ」とか「3年目までに身に付けたい○○」など、ケースがたくさん載っている本でシュミレーションすることをお勧めします。

     

    人間を育てる 菊池道場流 叱る指導

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    ○×イラストでわかる!  小学校高学年女子の指導

    ○×イラストでわかる! 小学校高学年女子の指導

     

     

  4. 気が付けば、教育書以外の本を読んでいました。青山学院大学の原監督や仲山さんのジャイアントキリング本など、スポーツからの学びが増えてきました。タックマンモデルやコーチングなどの理論にどっぷりつかるようになりました。『学び合い』は集団力学へ重きを置いていますが、集団へのアプローチだけでなく、個へのアプローチも振りかえる良い機会になるでしょう。

     

    力を引き出す 「ゆとり世代」の伸ばし方 (講談社+α新書)

    力を引き出す 「ゆとり世代」の伸ばし方 (講談社+α新書)

     

     

     

    今いるメンバーで「大金星」を挙げるチームの法則――『ジャイアントキリング』の流儀

    今いるメンバーで「大金星」を挙げるチームの法則――『ジャイアントキリング』の流儀

     

     

  5. オランダのイエナプランの勉強会にも参加しました。そこで勧められたのが以下の本。『学び合い』とイエナプランは全く同じとはいえませんが、異学年学習の提案にあるように考え方に親和性の高さも感じられます。「自立した学習者」を育成するという視点で、『学び合い』を見つめてみると発見があるかもしれません。
    オランダの個別教育はなぜ成功したのか

    オランダの個別教育はなぜ成功したのか

     

     

     その他にも

     

    インストラクショナルデザイン―教師のためのルールブック

    インストラクショナルデザイン―教師のためのルールブック

     

     

    「学びの責任」は誰にあるのか: 「責任の移行モデル」で授業が変わる

    「学びの責任」は誰にあるのか: 「責任の移行モデル」で授業が変わる

     

     原点回帰も大切!新たな発見があること間違いなしです。

     

    協同学習入門―基本の理解と51の工夫

    協同学習入門―基本の理解と51の工夫

     

     

他にもありますが、今日はここまで。『学び合い』を実践しているか否かに関係なく、教師として考え方や価値観をアップデートする方法は持っておきたいものです。

 

もう一度言います。

精神論から抜け出すために大切なことは自分の考えをメタ認知すること。

 

 

「あなたの心に問題がある!(だから悟れ!)」的なアドバイスは愚かです。

「Don't think, feel」では解決しないことは多いのです。

 

具体的な行動でしか、具体的な解決策は見出せません。

具体的であれ!!

 

 

 

「覚悟や願いが足らない。」は助言として果たしていいものなのか。

「『学び合い』がうまくいかないんです」

 

「そうかー、それは本気で1人も見捨てたくないと願えてないからじゃない?」

「『学び合い』を成功させられる人は目先のことじゃなくて、10年、20年、30年先の子どもたちの幸せを願っている」

「『学び合い』はあり方だよ。あの人が担任なら、子どもたちは全員学びに向かう」

「覚悟が足りないんだよ。全員達成しよう!って本気で思ってる?」

 

というアドバイスを教員2年目のときに頂きました。

 

素直に反省しましたよ。 

 

「あぁ、『学び合い』とは結局その人の心次第なんだ」と。

 

それから覚悟を決めて、『』の本を10冊ほど読み、実践者のブログを読み、これまでを振り返り、二学期から本気の実践がスタートしたわけです。

 

最終的には、各々が必要な学習を自分のペースで進める。時間割の枠にとらわれな授業ができるようになるまで、子どもたちは成長していきました。

 

metch96.hatenablog.com

 

 

 

でも、まだ腑に落ちないところがあって。

 

 

例えばさ、「『学び合い』がうまくいきません 。何が足りないのでしょう?」と質問されたら、どうするのか。

 

先に述べたように「あなたの心次第です」と答えるだろうか。当時の自分はそれで火がついたわけだけれども。

 

「えっ、俺本気で1人も見捨てたくないって思ってるよ。結局は本気度?人間性?滝修行でもして、強い心身につけろってか?」みたいな極端なことを考える人がいてもおかしくないわけです。

 

 

「上手くいかないんです。どうしたらいいですか?」

「心次第だ!願いが弱いんだ!覚悟が足らないんだ」というアドバイスは、必要なときもあるんでしょうけど、それだけではなんか解せないというか、実践者を今一歩前に進ませるアドバイスとしては物足らない。


 もしアドバイスをするなら、具体的にどうすれば良いか、その心やあり方をバージョンアップできる方法も伝えないと不十分じゃない?と最近は思うわけです。

 

心やあり方、人間性だけを指摘されると辛いもんです。

 

だからこそ、「心」や「あり方」が現れる瞬間を自分で客観的に見たり、比較したり、指摘してもらったり、やはり第三の目が必要なんよね。

 

今日はここまで。

 

 

 

 

惰性だけの『学び合い』

「教科書○○ページの○○の問題を全員が解くことができる」


こんな課題でやっている人いませんか?


私も『学び合い』を始めた1年目に数回やったことがあります。子どもたちはそれなりに頑張ってました。課題も全員達成?したと記憶してます。


さて、本当にこれが学びにつながっているのでしょうか?




きっと答えを写す子も多くなる。



今日は何を学んだの?と聞けば、「えーっと…」と答えにつまる。


そして、最終的に『学び合い』が嫌いになる。


今はそう思っています。

教師だって自分で仕事をつくる時代です。

新たな試みを始めました。


その名も、「かなせんの『学び合い』の課題づくり伴走PJ」


気になるPJの内容はこんな感じ!



Twitterで募集をすると、



なんと!!



2名の小学校の先生から申し込みを頂きました。



そんな他人の教材研究まで…と思っている方。

私にとってもメリットばかりなんです。ただしやる気さえあれば笑


双方のメリットを整理してみましょう。


◯申し込み者

 ①経験者の客観的視点が入る。

 ②課題づくりのヒントが得られる。 

 ③期限があるため、集中して課題をつくれる。

 ④単元まとめての授業準備ができる。

 ⑤費用は無料。


肝心の私は2つの視点から。


実態に即した課題の提案を複数する。

・単元デザイン能力が向上する。

・課題づくりの視野が広がる。

・課題づくりのトレーニング&スタミナがつく。

・担当していない学年の教材研究ができる。


②他者に提案するため緊張感が生まれる。

・集中して課題づくりに取り組むことができる。

・時間の使い方がうまくなる。


どうですか!?

見た限り、双方がWIN WINになれる感じですよね。


さらに申し込み者には以下のお願いをしています。


【お願い】

①互いに作った課題を「みんなでつくる『学び合い』」のHPへ掲載すること。(このHPは課題を共有する場所として私が作ったものです。)

②今回の取り組みに関するフィードバック文を書くこと。


これにより、前回作成したみんなでつくる『学び合い』のHPに課題をストックすることも可能となりました。さらにフィードバック文は私の課題づくりのサポートに対する価値付けとなります。


以上、習熟度別担当という担任よりも仕事量が少ない立場を生かした自分なりのブランディングでした。


自分で仕事をつくる。そんな視点もこれからの時代を生きる教員は持つべきではないのでしょうか。


まっ、もうキャパオーバー近いんですけどね。キャパはオーバーしないと増えませんから笑


ではでは〜!


【会のお知らせ】第二回 大阪『学び合い』大地の会

第二回大阪『学び合い』大地の会のお知らせです。

 

報告者のテーマは「一斉学習型『学び合い』の提案」です。

子どもたちが立ち歩かない!?一見、一斉授業に見える!

けれども、『学び合い』の考え方で進められる一斉学習の提案です。

ぜひご参加ください。

https://kokucheese.com/event/index/534197/

スキル(技術)を軽視するな。貪欲に磨け!!

 

 

①新たな試み『学び合い』の技術tweetと技術いらない派について

 Twitterでこんな試みを始めました。

 

『学び合い』でスキル(技術)を語ると、「『学び合い』は考え方だから、スキルはいらない」とおっしゃられる方がいらっしゃいます。それはそれで、考え方の1つなのでしょう。誤解してほしくないのは、私は語っているのはテクニックではなく「スキル(技術)」という点です。さて、テクニックとスキルの違いは何なのでしょうか?

 

②テクニックとスキルの意味

テクニック・・・基本的な動作や行動・知識などです。あくまで基本となるものです。サッカーで例えると、基本動作であるパス練習がそれにあてはまるでしょう。

 

スキル・・・その場の意思決定や状況判断を伴って行われる行動です。これまたサッカーで例えると、相手のディフェンスの位置によって素早くパスを出したり、後ろに一度引いたりと、状況によって行動を変えていくことがスキルになります。

 

③スキルを軽視してはいけない。貪欲に磨け!!

 同じ『学び合い』の実践者同士であっても、授業者のキャラクターや目の前の子どもたち、その時の雰囲気などが異なるだけでスキルのありようは大きく変わります。子どもの実態に即した実践をとよく言われますよね。その言葉の通りで、100人いれば100通りのスキルの出力のされ方があるはず。「『学び合い』は考え方である。」はそりゃそうなんですけど、スキル(技術)を磨くことをないがしろにしてしまっては成長も止まってしまうのではないでしょうか。なぜなら、その場の意思決定や状況判断を伴って行われる行動の訓練なんて意味ないんだよ!と言っているようなものなのですから。もしかしたら、そのようなスキル(技術)を軽視する方々は、付け焼刃的なテクニックとスキルの意味を混同してしまっているか、もしくは無意識でスキルを使いこなす達人なのかもしれませんね。私は超凡人ですから、スキル(技術)も学びながら実践していきます。状況判断した上で行動できる教育者としてどんどん学んでいきたいものです。

 まぁ、どうあがこうともスキルはその人の心がにじみ出るものです。なぜなら、そのスキルは、教師の(『学び合い』の)願いを叶えるための技術なのですから。ある意味、スキルはその実践者の心(考え方)を映すと言えるのでしょうね

 

※テクニックは大切ですよ。でもスキルはもーっと大切です。

 

 

 

 

【新たな試み】 『学び合い』の技術を共有していきます。

『学び合い』を広げるために新たな試みをはじめました。Twitterにて、自分の経験から学んだことや反省したことを技術として昇華し発信していきます。もちろん、引用案件は文献や実践者のお名前も共有致します。



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